ヤマグチ シオ
  山口 志保   法学部 法律学科   教授
■ 標題
  「交渉責任の拡大における「信頼」の意義――約束的禁反言に鑑みて――」
■ 概要
   アメリカ法の事例研究(拙稿「合意の意義の歴史的展開(一~三、未完)」)から、約束的禁反言の交渉中途挫折事例への適用は、主として小規模フランチャイズ契約(自営小売店の経営方針変更又は新規小売店経営の開始の際に、大手フランチャイザーの傘下に入ろうとする場合)において、フランチャイジーとなることを望む小規模店主がフランチャイザーにより一方的に交渉を破棄された事例に散見された。交渉破棄事例では特定の法理が適用されることは殆どなく、当事者の利益保護には交渉において形成された合意の内容を根拠とて生じる誠実交渉義務が中心的役割を果たしていたと考えられた。その中で、約束的禁反言の適用は注目に値する事例であり、その特殊性は小規模フランチャイズ契約に見出されるという仮説の実証を試みたのが本稿である。小規模フランチャイズ契約では、一方当事者は大手フランチャイザーとして、フランチャイズ契約のノウハウを熟知している一方で、他方当事者は当該フランチャイズ契約だけでなくフランチャイズ契約一般につき、フランチャイザーに対抗するに十分な知識を有しているとは考えがたい当事者となる。これゆえ契約交渉はフランチャイザーの指導の下、その望む条件をかなえる相手方だけが傘下に入れるという点で、当事者の法的地位ははなはだ不均衡であると認められる。このような契約交渉ゆえ、フランチャイジーになろうとする当事者の利益の保護が強く意識された結果、「合意」形成に至らなくとも、交渉開始時点から一方当事者は他方当事者によるいわば拘束状態にあることに加えて、当事者の意思の合致が「合意」の前段階である「約束」を導くにすぎなくとも、そのような「約束」には「合意」と同様の拘束力を認めるべきとの根拠から、約束的禁反言が適用されたと考えられよう。このように一見、事業者間契約の外観を伴う契約であっても、交渉上の当事者の情報量に格差が見出されるだけでなく、切実に生計との関わりのある場合には、対等な当事者間とは異なりより厚い保護が一方当事者に与えられ、この観点から、消費者に類似した交渉上の地位を認めうるとした。
  単著   清水誠教授古稀記念論集『市民法学の課題と展望』    日本評論社   303頁~322頁頁   2000/12


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