クリスティアン W シュパング
  クリスティアン W シュパング   外国語学部 英語学科   教授
■ 標題
  Die ersten Japaner in der Deutschen Gesellschaft für Natur- und Völkerkunde Ostasiens (OAG)
■ 概要
  1873年、ドイツ人の学者、外交官、貿易業者等が東京で「Deutsche Gesellschaft für Natur- und Völkerkunde Ostasiens、略称OAG」を設立しました。日本語で「ドイツ東洋文化研究協会」と言います。日本に現存する学術協会では最も古いものの一つです。
序文では、OAGという協会の設立の解説を、本文ではOAGの初期の日本人メンバーについて説明します。1885年に、最初の日本人が入会しました。その人は東京大学の地質学者の和田維四郎教授でした。彼の購入した神田の建物にOAGは入ったのです。和田の後、影響力がある近衛篤麿、青木周蔵、桂太郎、後藤新平、東郷茂徳らが続いて入会しました。特に、青木周蔵、桂太郎や長井長義教授とOAGの関係を細かく分析します。更に、OAGの『Mitteilungen der OAG (MOAG)』という雑誌に論文を発表した日本人を紹介します。本文の終わりに、OAGの名誉メンバーやベルリンの日本大使館で働いていた外交官はOAGとどんな関係にあったかを解説します。日本人のOAGメンバーは第一次世界大戦の前は活動的でしたが、戦後、その活動は停滞しました。この現状への対策としてOAGは1928年から1933年の間に後藤新平や有名な教授達を名誉メンバーとして選びました。

  単著   外国語学会誌   大東文化大学外国語学会   42,81-107頁   2013/03


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