A.R. ウルック
  A.R. ウルック   国際関係学部 国際文化学科   准教授
■ 標題
  日本の大学の内容中心型授業に関する考察―ポストモダン認識論のパラダイムと「真理」概念からのアプローチ:序論
■ 概要
  真理とその定義は、教育と社会の中核をなすものである。真実性(Verisimilitude)、すなわち人が何を真であると信ずるかは、結果的に、我々がどんな人間であるかを規定し、私たちが形成する社会や人間関係に究極的な影響を及ぼすものである。教育、殊に大学教育においては、「真」とその定義は知識を基礎付ける礎石となるだけでなく、何がどのようにテストされるかということにも、さらに重要な副次的影響を及ぼす。授業の教室では、真理をどう観るかということは、知識のとらえかたを示すものとなり、ひいては「教えを説き教授する(teach)」のか、「学習を支援し進行する(facilitate)」のかという、最も根本的なレベルでの態度の差異をもたらすことになる。そしてさらに、この世界観(真理についてどんな考え方をするか)は、学習時の相互関係(学習者と教育者の関係)のヒエラルキーの中で、主体(すなわち学生)と支援者(facilitator)の相対的な位置関係を規定するものとなる。しかしながら、「真理」は極めて複雑な概念であり、注意深くアプローチする必要がある。全ての教育の幅広い分野の中でも、内容(情報、知識、あるいは事実など)に関わる教育は、その内容がいかなるものであれ、教育学を超えて認識論哲学に関わる複雑な課題に満ちた仕事なのである。筆者は、真実性の観念に触発された熱意あるポストモダニスト支援者として13年間にわたり大学英語教育に取り組む中で、ポストモダン認識論へのアプローチを発展させてきた。本稿は、三部作「序論」「方法論モデルを求めて」「方法論モデル試案」の最初の部分である「序論」に相当する。本論では、筆者のポストモダン認識論的パラダイムの基礎を説明し、そのパラダイムの源流を示した上で、それがなぜ日本の大学での内容中心型授業(CBI)において適切で重要な方法論であると言えるのかを明らかにしている。知識と真理そのものについてだけでなく、日本の大学の外国語としての英語教育(JTEFL)の内容中心型授業で、何が、なぜ、どのように教えられているのかについても、批判的に検討することを通して、筆者はここに、内容中心型授業の方法論の一試案を提出し、議論の場を提供する。この方法論試案は、真理の概念そのものだけでなく、日本の国内外の内容中心型授業における真理の位置についても問い直す試みといえる。
  単著   岐阜聖徳学園大学紀要 (外国語学部編)   (60)   2022/03


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